20歳の頃、首を吊ってみた事がある。ドアノブみたいなところに引っ掛けても首は吊れると知って、やってみた。今元気に生きているのが証拠に、全くうまくいかなかった。
当時私の居たアパートは南向きの窓から西陽がよく入る間取りで、ドアノブに繋がれた犬みたいな状況で見た窓も綺麗なオレンジ色に染まっていたことを覚えている。私にとって、その以前から、明るい夕方というのは天国の象徴である。
多分、鬱だったのだと思う。診断を受けていないので確かではないが、それ以外で説明するのが難しい。親は首を吊ってみたことがあることは知らないが、鬱で死にたいと言い続けていたことは知っている。心療内科の予約の仕方がわからなくて、とりあえず行ってみたものの無碍に「電話で」「1ヶ月以上先」からしか予約を受けられない「だろう」と言われたことをその帰り道みち、大雨の降る中泣きながら電話をしたから。
そういう心情に向かうことを道に例えると、それは下り坂と言えるのだが、非情なまでに緩やかな、平地にしか見えない下り坂だと思う。いつからその下り坂を歩き始めたのか全くわからないけれど、気がついたときにはこの世の全てを崖下から見上げるようなほど低い場所まで降りていた。振り返れば後ろに来た道が続いていたのかもしれない。けれど、それをどこまで戻れば良いのかわからない。崖の上には、本当なら進むべきであった道があるのかもしれないけれど、見上げるような崖を自分に登れるのかもわからなかった。わからないから、目の前に続く道を進むしかない。これ以上下っていないことと、この道も続き続けていることを願って。
2012年の映画「レ・ミゼラブル」で、ラッセル・クロウが演じたジャヴェール刑事が好きだ。彼の歩んだ仕事人の道は間違っていなかったが、続いてはいなかった。そういうこともあるのだ。
ドアノブで首を吊りながら、死んだことにしちゃおうと思った。死んで、生まれ変わって、0歳から始めようと決めた。
あれから16年が経った。
実年齢相応に自分の幼さを痛く思うこともあるけれど、「そう言えば私はまだ16年目なのだ」と思うと、自分を許せる。