最近、本が読めなくて少し困っている。
時間がないとか、体力的にとか、そういうことではなく、完全に精神面の問題だと思う。
本を開いて読み始めても、文章が上手く入ってこない。入ってこないというのも少し違う。なんというか読んでいるうちに「だからどうした」というような心持ちになるのだ。
単に集中力が落ちているのかもしれない。本を読める時間は通勤電車の中か、寝る前の数十分くらいだから疲れた頭では文章を追う集中力を保てないのかもしれない。
とはいえ、三宅香帆が説くような全身全霊の社会活動を行っているわけではない。半身社会の生活が送れるようになったところで、今私が我が身に感じている問題は解消しない気がする。
新聞は読める。事実の羅列だからだろうか。ラジオ、ポッドキャスト 、Youtubeをかけ流す方法なら情報を追える。世の中への関心が落ちているとか、「それってあなたの感想ですよね」みたいな斜に構えた態度で一人相撲を取っているわけでもない。本という形になると、途端に何かがしんどい。
紙でも電子でもあまり変わらない。仕方がないので、タブレットの読み上げ機能を使ってポッドキャスト 等と同様にかけ流している。これが慣れるとなかなか良くて助かる。エリザベス一世が「かずよ」と呼ばれるのも、諸葛孔明が「しょかつあなあき」と呼ばれるのも慣れて、理解できるようになった。Xを見ていると、これが許せない人が一定数いるようだけれど、私は平気だ。
読めない。読めないけれど、紙の本には触れていたくて今日もまた本屋で買うし、図書館で借りる。もう酷い数の積読があるし、今年こそは不要不急の支出は減らそうと誓ったのに。だいたい、今抱えている悩みが解決しないことには、膨大な時間を手に入れることができても本が読めないのだから、ただ増やすことは精神衛生によろしくないのではないか。
「だからどうした」ってなんなんだろう。私は、どういう立場で本を読むことに何を求めようとしているのか。
その答えを求めるにまた本を読む必要がありそうな気がするけれど、堂々巡りをしそうなことは想像がつく。あまり無理はせず、自己観察を続ける。時間薬が効くと良い。